自分基準
「我々の感覚からすると…ちょっと考えづらい部分が…」などと言う人もいるが、その通り「彼らの感覚では考えづらい」ものなのだ。自分の感覚で考えようとしている限り、理解不可能なのだ。
あくまで自分基準で考えようとするから理解に苦しむのであって、自分基準で考えているところに誤りがあるといえば、そういう事になる。
私が「アナタも私も同じ」と言うのは、そういう意味ではない。自分基準で考える事ではない。
批評
インターネットでニュースに対してコメントをする人はたくさんいる。
芸能人の不倫から不祥事から事件、政治など様々。
多くのコメントは上から目線であるが、誤ってはいけない。
あの人もアナタも同じである。
事件、不祥事を起こした人と自分を比較して優越感に浸りたい気持ちも分からないでもないが、そんな事で優越感を満たしてはいけない。「同じ」という事に気付かない限り、この迷宮からは抜け出せない。
情報のシャットダウン
日々、テレビを見れば世の中の情報が現れ、携帯電話でも空いた時間にいくらでも近々の日本のみならず世界情勢を引き出す事が出来る。
そしてニュースを見れば、いちいち心は反応せずにはいられない。まったく余計なところへエネルギーを使っている。それも無意識的に。
少し油断すれば、あっと言う間にアウトプットするのが追いつかない程の情報を集めてしまうだろ。
せめて土日くらいは情報のシャットダウンをする事をお勧めする。
何も考えずぼ〜っとする時間を取り入れながら。
夢を持つ
よく「夢を持つ事が大事」と言われる。
そう聞けば、「夢を持たないとダメか」と思うかもしれないが、そうではない。
「夢を持つのも大事」だが「夢を持たないのも大事」なのだ。
つまり、どちらでも良い。
「夢を持つ事が大事」と言う人にとって夢は大事なだけ。
そして、「それだけ(夢を持つ事だけ)」が正しいと思っているのだ。
だが、いつも言うように、正しいも正しくないも無い。
夢も希望も無い日々をやっとの思いで生きるのだって、立派な人生だ。
そんな人生でも、自分なりに良く頑張ってると思えるなら、最高の人生と言えるだろう。
キラキラ
「キラキラして見える」
とは、アナタの中のキラキラが外側に反映されているだけの事。
本当は何もかも最初から「キラキラ」していた。今までそのように見ていなかっただけ。
何故そのように見えなかったのか?
「決めつけ、判断、こだわり」があったからである。
価値とは
「こっちの方が価値がある」
そんな事を考えるところから、既に「苦しみ」が生まれている。
頑張るという事
不自然な解決方法は、不自然な結果を生む。
何故「頑張る」のがダメだと言う人が増えて来たかと言うと、不自然な結果を生む事が分かったからだ。
「頑張る」という自分のキャパシティの外に出ようとするような「頑張り」は、当然不自然である。
もしそこで喜ばしい結果が出たとしても、後々の歪みとなって現れる。
そこで「以前」の喜ばしい結果を思い出してまた頑張ろうものなら、いつかは頑張っても結果が出ない事に気付く。
そこで始めに戻る。「等身大の自分を許していなかった」事だった。
つまり、ありのままの自分を受け入れていなかった事に気付き、壮大なる遠回りをしていた事に気付く。
だが、それもまた愛すべき人生である。